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ユカタン半島 遺跡巡りの旅:第11回


エズナー遺跡

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ローカルバスでのんびり行く遺跡

カンペチェの近くにはエズナというマヤの遺跡があります。ここにはカンペチェ市内の旅行社が出すツアーを利用して行くのが一般的ですが、ローカルバスを利用する方法もあります。このバスは街の南、アラメダ公園の近くから出ており、約1時間で遺跡の入り口まで行くことができます。

 私もバスでエズナに向かいました。ローカルバスですから、インターシティの2等バスよりはるかにオンボロです。乗客も地元の人ばかりで満員状態でした。

 この日は日曜日とあって、遺跡には大勢の観光客がいました。しかし、そのほとんどがメキシコ人の家族連れなのです。エズナは遺跡公園として非常によく整備されていますので、休日を利用してピクニック気分でやってくる人たちが多いようです。入場料もメキシコ人は外国人より安いのです。

  エズナ遺跡の中心である大広場に入ると、まず「Nohochna(大きな家)」と呼ばれる巨大な階段状の建築物が現れます。広場を望む大きなスタンドといった作りになっていて、長さは135mもあります。広場で行われる催しを見るための観客席として使われていたと考えられているそうですが、形状や位置からして、そう考えるのは当然です。

 それにしても、このような立派な観客席を持つ遺跡は見たことがありません。規模が大きい広場との組み合わせを見ると、ここがかなりの勢力を有する大都市であったことが想像できます。


競技場のスタンドのような作りの「Nohochna」。

Nohochnaから見た大広場の南東側。左がグラン・アクロポリス、右に球技場がある。

神殿の頂上で会った地元の女の子。

 

大規模な都市国家が存在

エズナの大きな特徴は、雨季に降る大量の雨を活用する水利システムが発達していたことだそうです。

  この都市は谷の底に位置しているため、周辺に降った雨水が流れ込んで洪水を引き起こします。そこで、エズナでは周囲に運河を張り巡らして、都市の排水溝から水を流すようにしました。運河は物流や交通にも、敵の攻撃を防ぐのにも役立ったのです。

  また、数多くの貯水池を設けた灌漑システムを整備することで、乾季にも農作物の栽培に必要な水が得られました。

  こうした大がかりな土木工事には、大規模な労働者や技術者の集団が必要なことから、エズナの最盛期は、かなり大きな規模を持つ都市国家であったと推測されています。 。

 実際に、遺跡の中心部に立つと、この都市の大きさを感じることができます。これだけの遺跡が、あまり注目されていないというのは残念な気がします。


大広場から見たエズナ遺跡の中心部。

球技場を上から見たところ。左上に5層の神殿が見える。

仮面の神殿の下部に残されている顔

 

華麗な姿の5層の神殿

大広場に面する複合建造物であるグラン・アクロポリスとそこにそびえる5層のピラミッド神殿(Edificio de los Cinco Pisos)がエズナの最大の見所です。

 グラン・アクロポリスは巨大な基壇の上に複数の神殿が乗る形になっています。基壇の上に登ると、そこにも広場があり、それを囲んで南北の神殿と5層の神殿が建てられています。

 5層の神殿は、名前の通り5つの基壇を重ね、頭頂部にパレンケの神殿に見られるような屋根飾りを設けています。高さは31mですから、それほど大きくはありませんが、その独特で華麗な姿は見る者に強い印象を与えます。

  実は、エズナに関しては情報が少なく「たいした遺跡ではないのではないか」と思っていました。しかし、実際に見てみると、思いの他素晴らしい遺跡で、ここをパスしなくてよかったと思いました。遺跡公園としての整備が進み、パレンケに似た感じがするのですが、はっきりいってパレンケよりエズナの方が私は好きです。

いくつもの神殿が集まったグラン・アクロポリス。

巨大な基壇の上にも広場があり、それに面して主神殿と南北の神殿などがある。

 
5層の神殿の正面階段。階段にはマヤ文字が彫られている。

 

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「第12回」に続く



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