アグアテカ遺跡(マヤ文明)グアテマラ

グアテマラ北部に位置するペテン県南部にあるペテシュバトゥン湖の周辺では、西暦600年ころからマヤの都市がいくつも建設され始める。アグアテカもその一つだ。この時代、現在のグアテマラ北部とメキシコのユカタン半島南部地域で二大勢力として張り合っていたたのがティカルとカラクムルだった。アグアテカは、この近くにあるドス・ピラスにティカルの覇権戦略に従って派遣された王の子によって建設が進められ、二つの都市を有する新しい王朝が成立したとされる。

同じ王の支配下で王朝を築いたアグアテカとドス・ピラスだが、ティカルから派遣されたこの王がカラクムルに味方し、ティカルに反旗を翻した。策士であった王は様々な手を使って勢力を拡大していく。しかし、西暦750年ころからこの地方一帯はマヤ以外の勢力の侵入に脅かされるようになり、800年を過ぎると王朝は衰退してしまう。

度重なる敵の攻撃と侵入に対し、都市の支配層は地面に開いた地溝を利用してこの地を守ろうと抵抗した。しかし、やがて敗北し、支配階層は捉えられて連れ去られ、庶民層も追放されて、都市は廃墟となったのである。

 

グアテマラ北部のフローレスからバスで4時間ほどのサヤスチェが遺跡に近い町。サヤスチェのツアー会社が周辺の遺跡ツアーを催行している。ただ、シーズンオフには客が少なく、ツアーがないことも多い。


サヤスチェからモーターボートで川を走ると1時間ちょっとでペテシュバトゥン湖に出る。この湖に面して遺跡がある。


遺跡の周辺は熱帯植物が生い茂り、神秘的な感じがする。


遺跡に向かう道は、途中から垂直の断層壁の横を通る。この岩から染み出す水はろ過されていて綺麗だとガイドが言うので飲んでみたが、特に問題は無かった。


遺跡に隣接した深さ30mある地溝の底に降りてみた。


地溝を抜けると遺跡になる。ここには巨大なピラミッド神殿などはなく、小型の神殿や宮殿、住居跡などが森の中に点在している。ちなみに、この遺跡を発掘したのは、日本人の猪俣健氏(アリゾナ大学人類学部教授)のグループだ。写真は宮殿グループの広場に面した王家の宮殿。


王家の宮殿はピラミッド状の基台の上に載った美しい建築物。


王家の宮殿を上部から見たところ。


メイン・プラザ(La Plaza Principal)にある王朝の神殿と石碑。ウチャン・キン・バラム王が、対立していたセイバルとの戦いに勝利したことを記念して立てられた石碑。


ウチャン・キン・バラム王の足元には捕らえられたセイバルの王がうずくまっている。


775年〜778年の年号が記された石碑19。アグアテカ第5代の統治者で、最後の王となった人物が彫られている。


アグアテカは決して大きな遺跡ではないが、美しい自然や巨大な地溝と神秘的な遺跡の組み合わせなどが堪能できる魅力がある。




勝手に評価/お勧め度 ★★★
★★★★★=文句なしに素晴らしい、絶対お薦め。
★★★★=かなりいい、一度見てほしい。
★★★=なかなかいい、見逃すのは惜しい。
★★=まあまあ、期待しないで見てみてはどうでしょう。
★=特にお勧めはしません。

 

 遺跡自体の面白さは残念ながらあまりない。ただ、ボートでアクセスするマヤの遺跡は神秘性があっていい。特に、このアグアテカはあまり人が行かないジャングル奥地の探検気分を味わえる。遺跡はともかく、自然がいいので、お薦め度は★★★。
  個人でこの遺跡に行くにはボートをチャーターする必要がある。サヤスチェのツアー会社が手配するツアーがあればそれに参加するのほうがいいだろう。

 

ラテンアメリカ博物館
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