ヤシュチランツアー



ヤシュチラン遺跡ツアー (メキシコ)


神秘のマヤ遺跡をボートで巡る

 


南の神殿

アクセスが難しい遺跡に人気が高まる…

メキシコの南部には数多くのマヤ遺跡がありますが、その中で、有名な遺跡にもかかわらず、グアテマラ国境近くの密林に位置するため、以前は、アクセスが難しくてなかなか行けなかったのが、ヤシュチランとボナンパクの二つの遺跡です。 しかし、最近では、神秘的な遺跡に行きたいという人が増えたせいでしょう、毎日ツアーが催行されるようになっています。

ヤシュチランとボナンパク遺跡へのツアーは、メキシコの世界遺産パレンケ遺跡があるパレンケの町中にあるツアー会社で扱っています。内容は似たり寄ったりですが、料金が微妙に違うので、何軒か話を聞いてツアーへの参加を決めました。私が申し込んだ会社は1日ツアーで600ペソ(2014年当時で5000円弱)。これには、朝食、夕食、遺跡入場料、遺跡までのボート代が含まれます。遺跡巡りに必要な経費が全て込みということです。


ヤシュチランとボナンパクの二つの遺跡はメキシコ南部、グアテマラとの国境に位置しています。ヤシュチランには接続道路がないため、コロサルからボートで移動します。

 

朝食はツアー専用レストランで

ツアーは、朝6時ころホテルに迎えが来ます。車はミニバンで、参加者は西欧人を中心に13人。車内は満員状態です。途中、ツアー専用レストランで朝食をとるのですが、私たちが到着した時には、同じようなツアーの車がすでに2台停まっていました。朝食のメニューは、スクランブルドエッグ、チャーハン、パン、果物、ジュース、コーヒーといった感じで、悪くないです。


ツアーで朝食を食べた専用レストラン。

ボナンパク遺跡

朝食のレストランを出発し、2時間くらいで最初の訪問地ボナンパク遺跡に到着です。この遺跡は規模が小さいため、見学は1時間と決められていました。


ボナンパク遺跡の入り口


複雑な建築物アクロポリスが残る

ボナンパクは4世紀から8世紀にかけて栄えたということですから、パレンケとほぼ同時代のマヤの都市です。規模はあまり大きくないのですが、神殿の内部に残された彩色壁画が発見され、マヤの研究者たちを驚かせました。その絵の保存状態がよかっただけでなく、絵の内容が、それまでの「マヤ文明の人々は戦争を好まず平和に暮らしていた」という定説を覆すものだったからです。

遺跡入り口の林の中を歩くと、間もなく周囲を低い建造物に囲まれたグラン・プラサ(大広場)に出ます。100m四方ほどの広場の中央付近には高さ5mちょっとある大きな石碑1(Estela1)が立っており、南側にアクロポリスと呼ばれる複合建築物があります。

アクロポリスはマヤの都市の多くに見られる複数の神殿などが集まった複合建築物です。単一のピラミッド神殿とは異なり、大きな神殿の途中に複数の神殿を配したり、その上に小さなピラミッド神殿をいくつも載せるような、複雑な形をしたものが多いのです。ボナンパクのアクロポリスも、西側に壁画の神殿があり、東側斜面の途中にも小さな神殿があります。そして、上部には6つ(Estructura 4〜9)の独立した小さな部屋を持つ建物が並んでいます。


アクロポリス全景。右の屋根がある建物が壁画の神殿。


Estela1の表面に彫刻された王の像。


マヤの儀式や戦争が描かれた彩色壁画

この遺跡のハイライトである壁画の神殿内部に入ってみました。建物は幅17m、高さ5mの長方形をしており、3つの部屋が並んでいます。元々は、神殿全体が漆喰彫刻で飾られていたようで、建物の上部には崩れた人物の彫像が置かれています。内部に入ると、幅4.5m、置奥行き2.5mほどの部屋の壁や天井部など全面に、はっきりと人物や色使いが分かる美しい絵が描かれています。

第1の部屋に描かれているのは、王権の継承に関する儀式のようで、神官や貴族たちが居並び、着飾った人たちや、音楽を演奏する人たちが行列している様子が生き生きと描かれています。 第2の部屋は、戦争の場面と捕らえた敵を前にした王の姿などが描かれており、第3の部屋では、生贄や犠牲の儀式をテーマにした絵が描かれています。


壁画の神殿の外観。上部に漆喰彫刻の一部が残っている。

第1の部屋の内部。着飾った人物が並んでいる。

第2の部屋の内部。戦争に関する絵が描かれている。

第3の部屋の内部。生贄の儀式らしい絵が描かれている。

最新技術を使った復元作業は続く

実際の絵はそれほど明瞭ではないし、当時の風習なども理解しないと、何の絵なのかよく分からないのですが、じっくり見るとある程度は理解できます。湿度が高い密林の中で長い時間を経過した絵はかなり劣化していたはずですが、最新の技術を使った復元作業によってこれだけ明瞭に再現できたそうです。しかし、復元作業はまだ終わったわけではなく、さらに元の絵に近づけるための作業がまだ続いているようです。いずれにしろ、これだけ美しく保存された壁画は他のマヤ遺跡では見れませんから、ここに来る価値は大きいと思います。

次はヤシュチラン遺跡に向かいます。ボナンパクから30分ほどでグアテマラ国境の町コロサルに到着。ここで昼食を取った後に、歩いて10分ほどのところにあるウスマシンタ川のボート乗り場に徒歩で向かいました。

昼食を取ったレストラン


ボートで川を下り、ヤシュチランへ

船着き場で小型のボートに乗り、グアテマラ国境を流れるウスマシンタ川を下ります。

ボートは10人ほど乗れる細長い船体です。ベリーズのラマナイ遺跡に行くボートは狭い川をかなりの高速で走りますが、このボートは時速20〜30km程度で幅の広い川を滑るように走ります。水量豊かな川は両岸を少しずつ侵食し、そこに生えている木々を飲み込んでいきます。途中、マヤ人が聖なる樹としていたセイバの巨木が川に倒れ込んでいました。

30分ほどでヤシュチラン遺跡の船着場に着きました。遺跡は鬱蒼とした森に囲まれていて、いい雰囲気です。期待が高まりました。


船着場に留められていたボート。

ヤシュチラン遺跡の入り口付近の様子。


迷宮を抜けて大広場に出る

ヤシュチランもボナンパク同様、4世紀から9世紀にかけて栄えた古代都市です。古代の交通の要衝であったウスマシンタ川の覇権を巡って周囲のマヤ諸部族が争ったのですが、ヤシュチランはウスマシンタ川の下流(北西)に位置するピエドラス・ネグラスと長い間に渡る抗争を繰り広げたことが、石碑の解読によって分かっています。

遺跡の入り口から林の中の道を進むと、城壁のような建造物19が立ちはだかります。この建物に人一人が通れるくらいの幅のトンネルが設けられていて、ここを抜けないと先にあるグラン・プラサ(大広場)に出られません。内部は真っ暗闇で、一人で行くとどうしたらいいか分かりません。私が恐る恐る歩いていると、向かいから懐中電灯を持ったガイドが来て、「先に進んだら階段があるので注意してのぼれ」と言われました。説明版にはLaberinto(迷宮)と書いてありますが、まさにそんな感じです。ちなみに、この建物は建造物18及び76〜79が合わさった、ヤシュチランで最も複雑な形の建築物だそうです。

トンネルを抜けると、グラン・プラサに面した建造物19の前に出ます。グラン・プラサは東西に700m以上もある細長い形をしていて、周囲に様々な建造物が立ち並んでいます。また、広場には王のレリーフが施された石碑も数多く立っています。この中で特徴的なのは南側にある建造物21でしょう。内部に漆喰の彩色レリーフと王の姿を彫刻した石碑が立っています。こうした石碑の多さと質の高さでは、ヤシュチランはマヤ随一の遺跡といえます。


グラン・プラサへの通路がある建造物19。

グラン・プラサに面した側から見た建造物19。

木立が生えたグラン・プラサ。未整備の状態がかえって神秘的な雰囲気を保つ。

建造物21の内部にある漆喰のレリーフと石碑。


マヤの儀式や戦争が描かれた彩色壁画

グラン・プラサの南側は小高い丘になっているのですが、この丘の上にあるのがグラン・アクロポリスです。ここに上るための階段がグラン・プラサから続いていて、両側は木立に覆われているのですが、ちょっと見ると巨大なピラミッドの上に神殿が載っているように見えます。地形を利用し、そういう劇的な効果も考えて作られている建造物です。上り口には、石碑が建てられていますが、かなり風化してしまっているのが残念です。

階段を上がると、グラン・アクロポリスの中心の建物である建造物33があります。決して大きな建物ではないのですが、立派な屋根飾りが残っており、グラン・プラサから見上げると神秘的な雰囲気を持った威風堂々たる神殿です。この建物は「鳥ジャガー4世」という王の時代(8世紀中ごろ)に作られたものだということです。内部には通路と小さな部屋があり、そこには頭が落とされた石像の身体と頭部が置かれています。鳥ジャガー4世の像ということですが、近くに居住しているマヤの末裔の意向に配慮して修復はできないようです。


グラン・プラサから見上げたグラン・アクロポリス。

グラン・アクロポリスの建造物33。前にある枯れ木のようなものも表面に彫刻された石碑だ。

建造物33の中に置かれた、首が取れた王の石像。

大急ぎで山の中の遺跡群を回る

ヤシュチランの見所はグラン・プラサとグラン・アクロポリスですので、ゆっくり見学していけば、これだけで時間切れになる感じです。しかし、まだ時間が少し残っていたので、南の山の中にある南の神殿(Templo del sur)と、入り口に近い小アクロポリス(Pequena Acropolis)にも行ってみることにしました。

アップダウンがきつい山の中ですが、時間がないため大急ぎで回ります。南の丘の上、ヤシュチランで最も高いところににある南の神殿には、建造物39、40、41の3つの神殿が並んでいます。規模は小さいですが、非常に雰囲気のいい建物で、その前にはいくつもの優れたレリーフが施された石碑が立てられていたそうです。今では、博物館に移されたりしてほとんど残っていないのが残念です。


南の神殿には3つの神殿が並んでいる。

森の中にあり、雰囲気がいい小アクロポリス。

 芸術的にも学術的にも貴重なレリーフが数多く見つかっているヤシュチラン。中でも、建造物23から見つかった3枚のレリーフが施された石版はマヤ芸術の最高水準を示すとまで言われる。しかし、メキシコに残っているのは写真の一枚(メキシコ人類学博物館蔵)のみで、後の二枚はイギリスに持ち出されてしまった。

いいツアーだけど、疲れた!

帰り道は問題でした。遺跡には標識もなく、どこが出口に通じる道かわかりにくいのです。少し焦りましたが、見つけた細い山道をどんどん下っていくと、突然、出口に通じる道路にぶつかりました。ツアーの制限時間から少しオーバーしましたが、まあ、許容範囲という感じです。何より同じツアー客4人ほど一緒だったのが幸いでした。

帰りは、ボートで川をさかのぼり、来た道を車でひたすら走り続けます。パレンケに近づくころにはすっかり日も暮れてしまいました。気温が低くなっているのに車内はクーラーが効いているので寒くて仕方ありませんでした。夜8時近くになってようやくホテルに到着。いいツアーだったと思いますが、疲れました。


帰りも船で川を行く。


線

 

ページトップへ

 



 
ラテンアメリカ博物館
Copyright 2021, K.Norizuki.all rights reserved