セロ・セチン (セチン文化)  ペルー


ペルー国旗

四千年以上の歴史を刻む古の都

 セロ・セチンの外壁には線描のレリーフを施した石板をモザイクのように積み重ねている。
セロ・セチンは、ペルー北部のカスマ渓谷にある石の丘(セロ)の前に築かれた古代の神殿都市だ。その特徴は外壁に線描の彫刻を施した石板を数多く並べていることで、そこに描かれた、戦士、神官のほか、切り取った頭を並べたような独特の絵が面白い。
 セロ・セチンの建築物は3期に渡って増改築されたそうだ。最初の建築物は泥、あるいはアドベ(日干し煉瓦)作りで、作られた時代は、なんと紀元前2400年〜2300年まで遡るという。その後、最初の建物を覆い隠すように建物を作ることで神殿を大きくし、最後に巨石を加工した石板を使って建物を囲うようにしたのが紀元前2000年ころ。その後、この神殿は紀元前1500年ころまで使われたと推測されている。
 南米の古代文明で最も古い時代に属すると考えられていたチャビン・デ・ワンタルの興隆が紀元前1500年ころからとされているため、セロ・セチンはそれよりも古い時代に栄えたわけである。
 近年のペルーでは、このセロ・セチンやカラル遺跡など、チャビンより古い時代の遺跡が複数確認されており、これまでのアンデスの歴史が大きく書き換えられる可能性が高い。

セロ・セチンの見取り図。中央に泥で作られた建物「EDIFICIO DE BARRO」 があり、その周囲の壁に魚や獣のような彩色壁画が施され、外壁にはモノリートという彫刻石板が並んでいることを示している。

 

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遺跡の見学は、まず、背後にある丘を登って見るようになっている。砂漠の日差しはきつく、見ただけで疲れる。

丘の上から見た遺跡。工事現場のようだ。

石壁に囲まれた遺跡の中心部。

セロ・セチンの中央部。内部の神殿への入り口と階段が残されている。丘の中腹にある柵が見学路。

外壁のプリミティブな線画のレリーフはユーモラスな感じもする。

こちらは戦士と積み重ねられた人の顔。戦争で敵の首をたくさん切り取ったことを示しているのかも。

こちらも棍棒を持った戦士と人の顔。このような、巨石に線画のレリーフを施しているところはチャビン文化と似ている。以前は、セチンがチャビンの影響を受けていると考えられていたようだが、年代からすれば、その逆ということになる。

セチンの遺跡はセロ・セチンだけでなく、セチン・アルト、セチン・バッホ、タウカチ・コンカンなどの遺跡群が周辺の地域に存在する。これを総称してセチン・アルト・コンプレックスと呼んでいる。さらには、セロ・セチンの南東約8?のところにはMOJAQUE(モハケ)と呼ばれるピラミッド型神殿を中心とした遺跡がある。紀元前1400年ころのものとされるそのピラミッドの第三層に残っていた神像を復元したものが博物館の庭に飾られている。

セロ・セチン遺跡の訪問レポートはこちら
第4回 セロ・セチン遺跡

 

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★★

評価の基準:★★★★★=文句なしに素晴らしい、絶対お薦め。★★★★=かなりいい、是非一度見てほしい。★★★=なかなかいい、見逃すのは惜しい。★★=まあまあ、期待しないで見てみてはどうでしょう。★=特にお勧めはしません。無星=なんだこれ、見ても疲れるだけ。


 ペルーの古代遺跡の中でも非常に古い時代に属する重要な遺跡で、線描のレリーフも面白い。ただ、遺跡の面白さ、見応えという面ではいまいち。環境も悪くはないが、砂漠でもなく、森林とも言えない中途半端な感じ。
 周辺施設は博物館があるが、展示物は少なく、やたら埃っぽい。訪れる人が少ないのがよく表れている。
 

 

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リマ北部の遺跡位置図


リマの北、約370?のに位置するカスマの町から車で10分。リマからトルヒーヨ、チンボテ行のバスが通るので、カスマで下車。そこから、モトタクシーで行くことができる。
 ただ、帰りは、タクシーを待たせていなければ、幹線道路まで20分ほど歩いてタクシーを捕まえるしかない。
  カスマは比較的大きな町で、安いホテルやレストランが多い。

 

 



 
ラテンアメリカ博物館
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